中国では、2,000年以上も前から高い効能のある薬草として知られている黄精ですが、その後も多くの漢方薬学者が薬効を調べ上げ、文献として後世に残してきました。現在も保健食品及び漢方生薬として服用者の性別、年齢に関わらず利用され、その効能が世界の薬学者によって認められ、研究されています。
ここでは、中国古来の薬学書の要約を主に、伝統的な黄精の薬効を整理し、紹介します。
(1) 生薬の性質
黄精の性味は「甘」、食性は「平」に分類されます。
漢方薬学上、食物には、すべて五つの性味(酸、甘、辛、苦、鹹)と4つの食性(温、熱、涼、寒)があります。平とはどれにも属さない性質です。
性味は、基本的に生薬の実際の味覚で決められる性質で、黄精は根茎を舐めると甘味を感じます。
性味が「甘」の生薬の多くには滋養、強壮、補血、痛みの緩和の作用があります。 食性は、その生薬を服用して熱証と寒証のどちらの病症が改善されるかの性質です。「熱」・「温」の性質の生薬は寒証を改善し、「熱」の方がやや強力です。逆に「寒」・「涼」は熱証を改善し、「寒」の方がやや強力です。黄精は「平」で、熱証または寒証の効果的な改善には、ほかの生薬を併用することになります。
(2) 作用
黄精は、主に保健薬として利用され、補気、滋養強壮、虚弱体質の改善の作用があります。
帰経(作用のある部位、臓器のこと)は、脾臓、心臓、肺、腎臓です。 このほかにも、
・筋骨を強くする。
・抽出液を患部に塗り、水虫などの真菌症や疱疹の治療、改善。
・高血圧、糖尿病の治療。
・乾いた咳や百日咳の治療。
・肺虚による咳及び肺結核の症状の改善。
・リューマチの痛みの改善。
・唾液をはじめ、体液の分泌の促進。 など、数多くの病状の治療に効果があるとされています。
(3) 禁忌症状
黄精は、下記の症状のある場合は服用を禁じるべきであるとされています。
・体の冷えで下痢をしている人。
・平常から痰を伴う咳の出る人。
・口内に粘り気があり、舌の苔が厚い人。
・脾臓または胃の衰弱の度合いが激しい人。
・痰湿(たんしつ)(体内の水はけの悪い状態)で胸つかえの症状のある人。
また、梅と同時に服用、食用することは有害と言われています。
(4) 生薬としての精製法
一般的に生薬としての黄精は、ナルコユリ類植物の根茎を掘り出し、洗浄して九蒸九晒(きゅうじょうきゅうさい)し最後に乾燥させたものを言います。
根茎の収穫時期は、晩秋が適しています。これは、根茎に栄養が蓄積される期間は、地上茎の光合成が機能する夏と秋であり、晩秋に地上茎が枯れた時が一年
間で最も栄養分の蓄積量が多くなる時だからです。この栄養分は冬季に生存維持のために一部使用されますが、春にはこれを大量に消費して若芽を発芽、生長さ
せるのです。
古代から中国では、黄精は九蒸九晒するという製法を守り続けてきました。これは、生の根茎を蒸籠(せいろ)等でゆっくりと蒸して、これを天日乾燥させる工程を9回も繰り返すという非常に手間の掛かる作業です。
ここで、なぜ蒸すのか、なぜ焼いたり茹でたりしてはならないのか、なぜ乾燥させるのかという疑問にお答えします。
ナルコユリ類植物の根茎には澱粉が含まれていますが、澱粉は高温下で消化し易い状態に変化(α化)します。澱粉を効率良くα化するには約60度以上に加
熱しなければなりませんが、澱粉の性質により100度を超えてもα化しないものもあります(一部の澱粉は130度の加熱を必要とします)。つまり、茹でる
という方法では水温が100℃までしか上昇しないため、温度不足になる恐れがあるのです。そのため圧力鍋の原理で水蒸気圧を高め、根茎を100℃以上の高
温に熱することでα化の効率を高めているのです。また、α化した根茎も常温で放置しておくと元の状態に戻ってしまいます。これを防止するには熱風乾燥や凍
結乾燥して処理します。こうして乾燥させた根茎は、お湯で戻して食べられるご飯のように、再調理せずに使える便利な保存食品となります。このように九蒸九
晒とは、加熱、乾燥を何度も繰り返すという意味であり、澱粉のα化を実現する古くからの知恵であったと言えます。
更に、植物によっては栗や芋類のように果実や根茎に澱粉消化酵素を含んだものがあります。これらは40〜70度位でゆっくりと熱するだけで消化酵素が機
能して澱粉を糖に変化させ、一度変化した糖は澱粉に戻ることはありません。黄精に天然の消化酵素が含まれているかは科学的に証明されていませんが、もしも
消化酵素が含まれているならば、これを機能させるためにも九蒸九晒は有効な処理方法であると言えます。また、熱して乾燥させるという製法には、次のような
利点があるとも考えられます。
・焼く、焙(あぶ)るという加熱処理では、根茎内部に熱が伝わらないうちに表面が焦げるなどの温度ムラが生じ、調理時間の適正管理が難しい。
・茹でるという加熱処理では、薬効成分が水中に流出する。
・蒸したものを乾燥することにより、根茎内の水分が除去され、根茎内に空隙が発生する結果、熱の通りが良くなり、次に続けて蒸した時の加熱効果が高まる。
・黄精は生で服用すると、根茎に含まれるアルカロイドにより口内や喉に刺激を感じることがあるため、熱処理してこれを和らげる効果があると考えられる。
昔の人達は、黄精の薬効を有効に引き出し、保存食として利用するために、その精製方法さえも実験、研究しており、現代科学でもその有効性が検証されたことは驚くべきであると思います。
(5) 黄精から「精」をいただく
私は酵素(エンザイム)のより多くの摂取の必要から、黄精を生で食用することも勧めています。
酵素栄養学では、酵素は消化だけでなく一切の生命活動に関与し、数千種類があると言われています。その中には人間が体内で合成できるもの、腸内細菌が作り出すもの、体内で合成できないものに分類されます。人間が一生の間に体内で合成できる酵素の量は決まっており、使い果たした時に重病が発生したり、死に至るとされています。寿命を延ばし健康を長く維持するには酵素の原料になる食品を多く摂り、酵素の消費を増やす行動(飲酒、喫煙、ストレスを受ける、多食など)を抑制することが必要なのです。
「シンプルに食べる生き方(サンマーク出版刊)」という書籍には、戦後ルバング島のジャングルで30年間生存し、1974年に帰国した小野田寛郎さんのインタビュー記事が掲載されていますが、ここで小野田さんは『帰国して初めて口にした食事はマズかった。ルバング島では、冷蔵も冷凍もしませんから食べ物はみな生きていました。新鮮で精があったのです。精のつく食べ物は、生きる意欲にもつながります。われわれの先祖が食べていたものを、もう一度見直してみる必要があるように思います。』と語っています。こうして小野田さんは、戦後日本の拝金主義と「死んだ食べ物」に失望し、ブラジルに移住しました。
昔から、「精」のあるものを食べよと言われているのは、生の新鮮な食物から酵素とその原料を補給せよという意味だったのです。
酵素は一般に50〜70度で破壊されてしまうので、黄精の酵素を摂取するには加熱調理ができないということになります。従って生で薄切り、千切りにして野菜サラダに混ぜるなどして利用が可能です。但し、生の黄精にはピリピリとした刺激味がありますので、一度に多量に摂らないよう注意し、体に不調が生じた場合は食用を止めて下さい。
何と言っても生薬名が「黄精」なのです。精という漢字の付く生薬は、本草綱目に記載されている中の主要な1000種の動植物・鉱物のうち、黄精と天名精(ヤブタバコ。どちらも上品。)の2種しかありません。名は体を表すのです。黄精を食べると言うことは、精のあるものを食べるという行為の理想であり、最高の酵素補給方法であると私は信じています。
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