雪国黄精の
平成25年 台湾(台北、瑞穂)
3泊4日の菜食好き一人旅
御覧いただきありがとうございます。 この旅行記では、
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台北桃園空港から台鉄台北車站のバスの乗り方(中国語に不自由のない人向け)を詳しく説明します。
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台北から台湾東部への日帰り観光プランの一例を示します。
 私の諸事情がありまして、ここ3年間海外旅行に行くことができませんでした。
 今までの訪問国は全て中国でしたので、今回は単に趣向を変えて台湾を選びました。なお、今回は一人旅になりました。

 今回は、旅行の事前準備としてインターネットを駆使した情報収集と予約を積極的に利用しました。
 予約については日本と台湾でのホテル予約、航空券予約、台湾での鉄道切符予約です。更に、台湾鉄路管理局のHPから時刻表をダウンロードし、観光目的地への乗車経路と時間を詳細に調査しました。

 日程は、限られた3日間の休暇を有効に利用するため、台北行き航空機の出発時間はできるだけ早く、帰りの便はできるだけ遅くしました。この結果往復航空運賃が44,000円(燃油諸費用込み、出発の約40日前)と、少し高い価格になりましたが、空席が取りにくい日曜帰国という条件でこの価格は、お買い得であったと思います。出発1週間前で再検索したら、同じ条件の航空券は65,000円が最安値になっていました。

(←画像は、出発便チャイナエアラインA330-300)
平成25年12月12日

 成田→台北便の出発時間が早いため、前日に東京で一泊することにしてありました。
 自宅での夕食は白米1膳と簡単な菜食のオカズのみ。少食な私は、いつもこれで充分です。
 自宅出発17:50、JR線 新井18:14→長野、大宮、上野乗換、御徒町着21:30という経路でした。
 新幹線特急料金を850円節約するため、長野から上野までは通して乗車せず、大宮で降りました。
 今夜は、御徒町駅から歩いて5分程度のホテルニューグリーン御徒町で一泊です。
 東京へ来た時は、最近いつもこのホテルを拠点に行動しています。設備も良く清潔で経済的なホテルです。
 ここで飲むための道中酒は、あらかじめ通販で購入し、家から携えておりました。ベルギー製の黒ビール、グーデンカロルス330ml瓶です。栓抜きは、私の旅行必需品です。
 度数8.5%で、どっしりとしたコクがあり、香りや苦みも適度な、私が嵌っている銘柄です。
 明日の旅程を楽しみにしながら、0:50に就寝しました。
平成25年12月13日

 5:00に起床し、すぐにホテルを出発。
 JR線 御徒町→日暮里、京成電鉄快速 日暮里6:11→空港第2ビル7:29。
 搭乗機はチャイナエアライン 成田9:35→台北桃園13:00(到着20分程度遅れ)。
 搭乗まで空腹感をほとんど感じなかったので、機内食が朝食兼昼食となりました。
 機内食は、航空券の予約時にベジタリアンミールを予約しておいたため、他の乗客に恨めしそうに見られながら先に機内食を完食しました。(実は、これが快感でベジタリアンミールをやめられないのです!)
 エコノミークラスの搭乗率は約70%、座席はエコノミークラスの最前列だったのでビジネスクラス約50席のうち、4名の乗客しかいなかったのが見えました。
 乗客には最後まで申報単が配られなかったので、入国審査場で申報単を急いで記入し、入国審査を完了させました。ここの入国審査場所は処理効率がとても悪く、私が行列の最後部に付いた時点で前方に600人位の行列があり、30分待ちでやっと入国できました。
 手荷物を受け取り、すぐに両替を完了させました。
 空港を出てすぐに台湾鉄道の台北車站まで移動するため、事前に調査して乗車を決めていた空港リムジンバス、大有巴士のカウンターでバス乗車券を買おうとしましたが、この時の時刻が13:52だったため、カウンターの女性が「次のバスは14:30発なので、右のバス会社のバスが先に出る。右のカウンターのバス会社から買え。」という意味のことを言っているのが何とか聞き取れました。カウンターの女性は、私が日本人と見えなかったのか、普通の会話の早さで喋ったのと、発音が中国語とは少し違う台湾風の発音だったことで、私には完全に聞き取れませんでした。この様に発音が中国語と少し違い、聞き取りにくい問題は旅行中を通して悩まされました。
 隣のカウンターに移ると、建明客運という会社でした。台北車站までの乗車券を下さいというと、ここのカウンターの女性が、「feigouに乗れ」と言って発券してくれたのですが、言われた意味が分かりませんでした。すぐにバスターミナル(10秒で到着)し、建明客運の乗場に行くと、飛狗という表記のバスが留まっていて、これがfeigouだったのだと初めて分かりました。
 バスに乗り、乗車券を見せて行先が台北車站であることを伝えると、途中で乗換があるのだと言われました。旅行ガイドには、空港からのリムジンバスはどのバス会社も終点まで乗換があるなどと記載されていなかったので少し不安になりました。
 バスの出発時刻は14:00であったようで、私が乗車するとすぐに発車しました。リムジンバスは、座席が広くて柔らかく、乗り心地はとても良いものでした。
 約30分後に、「台北車站行きのお客様は、ここで乗り換えて下さい。」と運転手に言われて降車しました。
 車掌の指示で、降りたバスの一台後ろに停まっている路線バスに乗り換えました。この場所は、旅行後に撮影画像を照査したところ、行天宮付近であり、その後は松江路を南下して台北車站に向かったようでした。
 路線バスに乗り換えた場所も、バスの行き先も不明なので、台北車站までの乗車時間が分からず心配だったのですが、周囲の景色から目的地に向かっているのが分かり、右側に台北車站と標示された大きな駅舎が見え、バスが停まったので、ここで降りました。
 ここまでのバス乗車の方法は、旅行ガイドブックには記載されておらず、中国語の分からない人が乗ったら、スムースにバスを利用するのはかなり困難で、運転手やほかの乗客に迷惑を掛けると思います。
 なお、旅行を終えて分かったことですが、旅行ガイドブックには、空港と台北車站までを結ぶ建明客運の路線は記載されていません。この時購入した乗車券の半券には台北-機場 全票 140元と印刷されていたことから、恐らくはどのバス会社も台北市区内で自社の路線バスの停車場があれば、乗換をさせることで顧客の要求する行き先まで運行ができるよう、柔軟に対応しているのだと考えられます。逆に言えば、乗車したリムジンバスの会社と同社の台北市区の路線内の停留所であれば、どんな停留所であっても空港から1枚の乗車券で乗車できるということではないかと思います。次回も台湾に旅行する機会があれば、細かく停留所を指定した乗車をしてみたいと思います。

(←画像 無事に着いた台北車站)
 台北車站は、外観は古く見えますが、内装は近代的で、台湾最大の駅らしく、利用者が多く賑やかでした。私は、日本で台湾鉄路管理局のHPを見てネット予約を取り、クレジットカード決済で購入手続きを行い、A4の用紙に「取票単」を印刷したものを持参していました。
 ここですぐに、持参していた瑞穂発台北行き指定乗車券の取票単を乗車券に引き替えてもらい、同時に台北発瑞穂行きの指定乗車券を予約しました。台北発瑞穂行きの指定乗車券はネット予約で早々と完売になっており、ここの窓口でも残念ながら売り切れが確認され、無座票という立席特急券を購入しました。
 台湾鉄道の窓口の男性発券係員の中国語は、私が旅行中会った台湾人の中で最もハッキリとした発音でしたので、とてもスムースに購入ができました。
 次に、台湾鉄道台北車站からMRTに乗り換えるため、MRT台北車站まで移動しました。
 台北のMRT(現地呼称では、捷運)の街頭での標識(←画像)は、東京メトロの様に到る処にあるわけではなく、探すのにかなり苦労します。
 台鉄の台北車站からMRT台北車站までの距離は近くなく、持参した方位磁針を使い、半分勘を頼りに探し歩いたところ、予想通りに到着することができました。
MRT台北車站からは、ホテルのある板南線の忠孝新生站まで2駅間、20元で乗車しました。
 初めて使うMRT券売機でしたが、簡単な操作でチケットを買うことができ、忠孝新生站までスムースに移動できました。
 ホテルは、忠孝新生站のA3出口から徒歩20秒の位置にある凱統飯店(←画像)というビジネスホテルをインターネットで連泊予約してありました。到着時間は既に16:10頃となっており、チェックインして部屋にスーツケースを置き、最初の目的地、光華商場へ徒歩で出掛けました。
 今回の旅行の目的の一つは、日本で入手困難な電子部品が台湾の小売店にあるかどうかの調査です。
 日本でインターネットにより調べたところ、台湾では光華商場というショッピングセンターの中、あるいはその界隈に日本の秋葉原の様な電子部品商が存在するということでした。
 16:30頃、既に薄暗くなった時分に光華商場に着き、周辺を散策しましたが、私が必要とする、日本で入手困難な電子部品は、ありませんでした。
 電子部品の小売商は2~3店発見できましたが、近くの国立台北科技大学で学生が実習教材で使用する程度のポピュラーな電子部品程度の在庫しかなく、こんな所で時間を潰してはいられないので、早々に調査を諦めました。
 売っていた電子部品は、コネクターが豊富でした。抵抗、コンデンサーは秋葉原の個人店が店頭に陳列している程度の在庫量。ICは74シリーズのTTLか、少量の汎用アナログIC程度。総じて、台湾にあるものは秋葉原で容易に入手可能で、日本で入手困難な部品は、台湾でもそれ以上に入手困難。希少性の高い部品は中国の深圳で買うのが最良の方法です。
 光華商場1Fのコンビニでアイスクリームを1本買って、近くのテーブルで食べました。これが夕食。
 また忠孝新生站に戻り、MRTで龍山寺站へ移動しました。
 次の目的地は、華西街観光夜市でした。
 まず龍山寺站を18:00頃に出て龍山寺に向かって歩くと、早くも服飾店、玩具店、飲食店、ゲームコーナーなどの夜店が賑やかにズラリと並んだ夜市が始まっていました。
 その脇道に華西街観光夜市のアーケード街が見つかったので、ついに到着したなと期待して入っていきました(←画像)。
 しかし、既にコアタイムに入っているのに観光客も地元の客も少なく、インターネットで紹介されていた亜洲毒蛇研究所という店も、中で蛇のスープを飲んでいる老人が2人いただけで客席はガラガラ。まだこの時間、空腹でもないので、飲食にも興味が湧きません。せっかくここまで来た記念に全身マッサージでもやってもらおうかとマッサージ店を覗きましたが、客を迎え入れる気配もありませんでした。アーケードの奥まで歩いて折り返し、終始立ち止まることもなく、この場所を後にしました。
 夜市はここだけでなく、龍山寺站周辺の到る処で出店されており、艋舺夜市とも呼ばれているようです。周辺の雑多な商店も夜市の時間帯に合わせて開店しており、ほぼ全てを歩き尽くすのに1時間半掛かりました。その中には、旅行ガイドブックでは「危険だから近づかない方が良い」と警告されているような暗く、怪しげな裏通りも本当にあり、いい見学になりました。
 帰る途中に、健全的な全身/足マッサージ店があり、積極的に客引きをやっていたので、もうここでマッサージを受けるしかないと決めて入店しました。
 選んだコースは、2時間1,200元という最高価格の全身マッサージでした。
 店員に聞くと、日本人の利用客も多いとのことで、少しは日本語が通じました。
 旅程の一日目で、長距離の移動に加えてこの近くの夜市と商店街を歩き尽くしたことで早くも疲労が溜まり、横になりながらのマッサージはとても気持ちの良いものでした。温かく礼を言い、少し空腹になったところでまた夜市の観光に出掛けました。
 最後に、街の外れに飲食店があったので、夜食として菜食の饅頭と豆乳、油条を食べました。金額は合計62元。時間は21:40頃でした。
 またMRTに乗って忠孝新生の凱統飯店に戻りました。
 入浴後、テレビでニュースを見ました。その時、パソコンのマザーボードで有名なASUSという会社のコマーシャルが放映され、その最後にASUSをエーサスと発音していました。私は、これに倣い以後ASUSはエーサスと呼ぶことにしました。
 明日のホテルの出発時間は早いので、23:00頃に就寝しました。
 凱統飯店は、しっかりした造りの建物で防音性が良く、客室設備も快適で、一泊約6,500日本円という宿泊費ということを考えれば、欠点の付け所のない快適なホテルでした。
 平成25年12月14日

 5:15に起床して、すぐにホテルを出発。MRTで忠孝新生站から台北車站に向かおうとしましたが、時間が早過ぎ、MRTが営業していませんでした。車道に出てタクシーを停めましたが、1台目は捕まえ損なってしまいました。幸いに約5秒後に来たタクシーが停まってくれました。台北車站までは夜間早朝割増20元を含む110元で乗車しました。
 5:30頃到着した台鉄台北車站は、早朝のため利用客も少なく、僅かな本数の長距離列車が発車していました。
 20分程駅の内部を散策した後に、開いていたセブンイレブンで鹹蛋(日本語では煮卵、中国語では茶葉蛋)を見つけたので、これを2個(1個8.5元が2個で16元のサービス価格)買いました。
私は中国で売られている茶葉蛋がとても好きなので、まさか台湾でこれが食べられると思っていませんでした。
 改札ゲートを通り、待合室でゆっくりと鹹蛋2個を味わいました。これが朝食でした。
 6:10には、花蓮行きの新自強号(←画像)が発車していきました。
 その後4Bのホームに移動し、6:30発の自強号204号に無座票で乗車しました。
 樹林発知本行き特急列車、自強号は定刻に発車しました。
 この列車の座席予約は、日本からインターネットで予約を試みていましたが、予約開始日に瞬殺で満席になってしまったことから寿司詰め状態の乗車を覚悟していたのですが、台北站から空席があり、無座票でも楽に座ることができました。
 車内放送は、国語(中国語)と中国南方方言の台湾語と英語の順で行われるのですが、乗務員の国語には訛りがあってうまく聞き取れませんでした。
 現地方言の台湾語には、日本語と同じ発音の漢字が意外に多いという事を知っていたので、雙という駅名をシャンケーと発音しているのを面白いと感じました。
 正規の指定券を持った乗客に席を譲ることを繰り返しながら、台北から約2時間は座って乗車していました。蘇澳新站から空席が無くなったのでデッキに移り、車窓に顔を付けて風景を見ながらの乗車になりました。
 蘇澳新站から花蓮站までが、沿海の交通の難所となり、多数のトンネルを通過しつつ約1時間のノンストップ運転でした。車窓からは海も見えました。この海の先が、琉球諸島です。
 花蓮で12輌編成後部の3輌を切り離すと、更に乗客が増え、座席は満席になりデッキ乗車の客も目立つようになりました。この後1時間程で瑞穂站に、ほぼ定刻に到着しました。
 台北では、朝方はやや強い雨が降っていましたが、自強号で南下するに従い雨雲からは遠ざかり、瑞穂では薄曇りでした。
 瑞穂站には定刻の10:37に到着し、自強号の姿を撮影して見送りました。
 花蓮站からここまでの多くの駅が、駅舎とホームの改装工事中でした。沿線の国道も高架橋の建設が順調に進行しており、今後の台湾東部への交通路線の強化が期待されます。
 瑞穂站を降りてすぐにタクシーに乗車し、目的地の吉蒸牧場へ向かいました。
 運転手のおばさんは、私が日本人であることが分かったようで、簡単な日本語の単語を話すことができました。また、1年前の5月に中年の日本人男性を乗せたという話をしてくれました。その時の男性は、中国語は筆談しかできなかったそうです。
 私の乗車時間は5分程度で150元でしたが、短い時間の中で色々な会話を楽しみ、温泉や茶芸店など、周辺の観光名所なども教えてもらいました。
 今日の第2日目は、台湾国内を日帰りで観光できれば、行き先や目的は何でも良かったのですが、一人旅で完全な自由行動ということで、自分にしかできないようなバカな体験をしたいと思っていました。
 そこで決めたのが、台北から片道4時間半も掛かる遠方の牧場で、乳牛と遊んで帰るという計画だったのです。
 吉蒸牧場は、インターネットのHPで詳細を調べて訪問したのですが、思ったよりも小規模な牧場で、私以外に来場者はいませんでした。牛舎には乳牛約200頭、水牛約10頭が飼われ、レストランと売店を収容した2階建ての建物が1棟、東屋が1棟あるだけでした。
 早速、「念波で乳牛と会話する」という少年時代に体得した超能力を使い、乳牛との交流を始めました。
(相手はホルスタイン種乳牛でなければならないのです。他の動物に対してはできません。)
 乳牛舎は、観光客に開放されているとは言い難く、モ~君達は飼い主でない人間に対しては興味を示しませんでした。しかし、一頭だけ群れから離れて行動している仔牛(←画像)がいて、このモ~君だけは私にくっついて離れませんでした。このモ~君と遊んでいたら、知らないうちに1時間が経過していました。
 このモ~君は霊波の振動がとても小さく、意念を強く感じ取ることはできませんでしたが、私がわざわざ日本から来てくれたことに、100%満足したという意識を感じ取ることができました。
 この後、牧場の売店で日本への土産物を購入し、ここの牧場で生産した65℃殺菌の牛乳を買って飲みました。時刻は12:30で、計画通りの行動時間でした。
 まだ帰りの自強号の乗車時間には2時間近くあるため、徒歩で瑞穂站に帰ることにしました。


(←画像)私が顔や首の周りを愛撫したり、ベタベタ叩いてフケを落としてやったので、腹部に比べて頭部の毛の色艶が良くなっているのが分かる。
 駅までの道程は、タクシーで来た時の経路を覚えていたので、迷うことはありませんでした。
 途中、道沿いのバナナの樹に実がなっていたり、12月なのに美しい花を咲かせている樹木があったり、美味しそうなクルミが実をつけていたりと、次々に現れる南洋の珍しい植物に驚き、何枚も写真を撮りながら約40分掛けて瑞穂站前の商店街に戻りました。
 街のスーパーマーケットで、土産物と、ここまでの移動でかなり汗をかいたので、水分補給のための飲み物を買いました。
 10分掛けて瑞穂站まで歩き、駅裏のバイク駐車場の縁石に腰掛けて休憩を取りました。
 飲み物とは、楽しみにしていた台湾ビールです。ここで天気は小雨になり、体温を下げるには好適の環境になりました。すぐ近くにバナナの樹(←画像。周辺が乱雑なのは、駅利用者のポイ捨てによるゴミです。)があり、ここにも実がなっていました。
 野生のバナナや椰子の樹がそこら中にあるこの地域では、住民は食べ物には困らないでしょうね。
 初めて賞味する台湾ビールは、私が好む薄味で、水の様に喉を通りました。度数は4.5%と、薄味の割には高く、すぐに適度な酔いが回ってきました。
 ここでの10分程の休憩のあと、列車の発車までまだ80分あったので、また商店街に出て街の隅々まで歩き回り、先程入ったスーパーの向かい側の別のスーパーで、30分近く買い物をしました。
 ここのスーパーで、日本に持ち帰るための土産物はすべて買い納め、台湾製のスナック菓子と「台湾金牌歌」という3枚組みのCDを、第1編から第3編まで全編買い揃えました。
 また瑞穂站に戻り、喉の渇きが収まらないため売店でまた台湾ビールを1缶買い、先程買ったスナック菓子をツマミにして飲みました。これがこの日の昼食でした。スナック菓子は、コーンを原料としたものと分かっていて買ったのですが、開けてみて形と味にビックリ!ハウスのとんがりコーンを完全に模倣した商品でした。(味は大満足でした。)

(←画像)瑞穂とか鶴岡とか、日本の地名に似ていますね。
駅近くの瑞穂温泉は、日本統治時代に警察職員の招待所として発展したと言われています。
 駅の売店のおばさんも、私の姿を見て日本人だと分かったと言い、(ビールを買って)ありがとうと答えてくれましたので、こちらも感謝の意を込めて日本への土産の御菓子を更に3箱買いました。瑞穂は不思議な親日感情のある人達の多い場所だと感じました。
 帰りの樹林行き自強号229号には定刻の14:42に乗車し、暗くなり始めた花蓮地方の景色を見ながら、非常に満足のいく日帰り旅行ができたことを回想し、今日一日でお世話になった人達と、喜んで遊んでくれた乳牛に感謝しながら台北站まで乗車して、凱統飯店に19:30頃戻りました。


(←画像)台北への帰りの指定乗車券は、日本にいて座席が予約確保できたので、ゆっくり座ることができました。
 凱統飯店で荷物を軽くし、次の行動開始です。
 台湾の夜はこれが最後。予定していた士林観光夜市へ直行です。
 MRTで忠孝新生站から劍潭站まで乗りました。夜市へは標識が多く設置され、迷うことはありませんでした。
 この日は土曜の夜であったことで、身動きがとれないほどの大勢の客が来ていました。
 士林市場の建物(←画像)が、ここの夜市の中核とされています。雨の多い台北市の中でも、天候に関係なく集客可能なこの場所に出店できる店こそが一流店舗であり、最高の品質とサービスが期待できるのです。
 ここで必ず食べたかった物は、蚵仔煎(蠣オムレツ)でした。
 始めに見つけた蚵仔煎を作ってくれる店は、1皿の値段が55元と高かったので、やめました。
 その近くにあった店での蚵仔煎(kezaijian)は50元と安く、今まさに鉄板で蚵仔煎を焼いていたのを見て、私は財布から100元紙幣を出し、中国語でkezaijian!! kezaijian!!と大声で調理人に叫びました。昨日まで見て知っていた夜市では、調理人に食べたいものを言って代金を払えば、その場で料理を手渡してくれるというシステムだったのでこうしたのですが、他の店員に奥の客席へ案内され、ここで注文して食べて下さいと言われました。
 楽しみにしていた蚵仔煎は5分程で目の前に現れました。
 薄く焼き上げたオムレツに、2cm程の長さの蠣が7個程隠されています。表面にはオレンジ色のタレがかけられていました。
 この日の夕食は、少食家の一点豪華主義でこれをメインと決めており、その期待に沿った、とても満足のいく味でした。オレンジ色のタレは、事前調査では甘酸っぱく、日本人には好みが分かれるということでしたが、私が食べたものは塩味で、日本の鰹だしの風味がしました。これも、私の好みに合いました。
 更に士林市場の美食フロアーを5分程歩くと、客席に日本人観光者が多くいる食堂があり、ここで席を取って麻油麺線という、素麺をごま油と少量のスープで和えた料理を食べることにしました。
 麻油麺線は、生ニンニクのみじん切りが乗せられていたのは気に入りましたが、スープの塩味がきついので台湾ビール(この日3缶目)を注文して、飲みながら麺を賞味しました。
 この日の外食はこれで終え、色々な出店を見て回り、22:00頃に士林観光夜市を後にしました。台湾名産の鳳梨餅(パイナップルケーキ)は人気商品の一つでしたが、瑞穂で買ったものの方が1~2割安かったです。それもそのはず、瑞穂のある花蓮県が鳳梨餅の主要な産地だからです。
 私が今までに見た夜市の中で、眺めていて最も楽しかったのは家電、オーディオ製品の出店もある香港の夜市で、販売商品が比較的高級でバラエティーに富んでおり最高に楽しめた記憶があります。食べ物の味が良かったのはここ、士林でしたが、怪しげなムードの龍山寺周辺の夜市の方が、庶民的風情があり士林よりも楽しめたという印象が強いです。
 ホテルには23:00前に戻り、入浴後にグーデンカロルス330ml瓶を今度は2瓶賞味し、眠りに入りました。
平成25年12月15日

 8:15に起床して外を見ると、中国の有名な歌謡曲、「冬季到台北来看雨」の歌詞を連想させるような、感傷的な冷たい雨が降っていました。
 今日の航空機の出発時間は14:30なので、11:30頃ににリムジンバスで空港に向かう予定にしてありました。
 凱統飯店のすぐ近くには、台北科技大学という停留所(ホテルからは、目の前の忠孝新生站のA3入口から入り、A4出口で出る)から長榮巴士というバス会社の桃園空港行きリムジンバスが発着しているので、ホテルでバスの乗車券を買ってありました。最後まで、凱統飯店の立地条件の良さの恩恵を受けました。
 9:00頃チェックアウトし、スーツケースをフロントに預けて市内観光に出発しました。
 MRTで忠孝新生站の次の駅の松江南京站で降り、雨の中を西に向けて南京東路を歩きました。まだ早い時間帯なので、商店街はどの店も開店していません。途中、小さな書店が開いていたので妻にプレゼントする本を買いました。
 台湾の書籍は、日本で売れた書籍を翻訳した物が多く、それもタイムラグが数年あるので、日本ではブックオフで105円で処分販売されている古書と同じ内容のものがここでは新書で販売されているといった様に、内容が陳腐化したものが、かなりありました。
 松江南京站から歩き出して約2時間、MRT淡水線の中山站付近を経て、台北車站まで歩いてしまいました。ここからMRTで忠孝新生站に戻り、スーツケースを受け取りバス停へ移動すると、ノータイムで桃園空港行きのバスが来たので、すぐに乗車しました。
 空港で搭乗手続きと昼食(コンビニでおにぎり1個)を摂り、D1の搭乗ロビーに付いた頃、成田行きチャイナエアラインCI18便の機材が変更になり、搭乗ロビーもB9に変更になったと放送がありました。
 D1からB9までは、空港ビルの端から端までを歩くことになり、15分掛かりました。
 搭乗してから分かったのですが、航空機材はA330-300からB747-400に変更になったのでした。
 搭乗率は、機材が大型になったため、50%程度と空席が多かったです。
 出発時間にも20分近い遅れが生じ、成田にも40分遅れで到着しました。
 急いで上野に向かったのですが、長野から新井へ向かう終電に間に合う新幹線に乗ることができなくなり、この日は雪の降る寒い長野のビジネスホテルで足止めを食らうという、悲惨な結果になってしまいました。(これで、正確には3泊4日になってしまいました。)
(←画像は、桃園空港の出発ロビー周辺です。)

平成25年12月16日

 この足止めにより帰宅時間は12月16日の8:20となり、この日は半日の有休を取り、午後からの出社となってしまいました。
 今回の旅行では、できるだけ台北に長く滞在したいと考えた余り、帰りの航空機の出発時間を遅くしたのが裏目に出た結果となりました。予想範囲内のデッドエンドでしたが、台湾は気の休まる観光地でした。2泊3日の短い滞在期間でしたが、充分に満足しています。
 外国人観光客として所々で歓迎されましたし、交通もスムースで治安も良く、瑞穂は風光明媚で過ごし易かったです。
 次回は少数民族の里を探訪するなど、もっとディープな観光体験をしてみたいと思っています。旅先でお世話になった多くの方々に感謝します。再会(ザウェ)!

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